リトアニア団(平成25年度参加青年報告)2 

このレポートは、平成25年度の埼玉IYEO主催の帰国報告会の際に配付された資料に添付されたものを転載したものです。

派遣期間――2013年9月6日~9月23日
派遣人数――16名(団長、副団長除く)


【エピソード】
 私のホストファミリーはロシアンファミリーで、二日目の夜に彼らの友達の家にディナーに招かれた。計9人のロシア人に囲まれ、緊張半分興奮半分という状態だった。

 私はお酒を飲むことは好きだが、体質的にすぐ顔が赤くなるため、ホストファミリーが心配しないようにと思い、極力お酒を飲むことを控えていた。
 三時間ほどして、お父さんが棚から古い腕時計を持ってきて、私にプレゼントしてくれた。すると、急に強めのお酒(たしかスコッチ)を二人分注ぎ、「ロシアでは人に物をあげた時お祝いとして強めのお酒を一緒に飲むんだ(笑)」と言われ、それまでの努力が一瞬にして消えた。
 身も心も温まった夜だった。

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(日本派遣団青年たちとアイスブレイキング)

[ 2013/09/23 21:28 ] 事業参加報告 | TB(0) | CM(0)

リトアニア団(平成25年度参加青年報告)1  

このレポートは、平成25年度の埼玉IYEO主催の帰国報告会の際に配付された資料に添付されたものを転載したものです。

派遣期間――2013年9月6日~9月23日
派遣人数――16名(団長、副団長除く)


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(十字架の丘にて リトアニア派遣団)

 日本代表――。正式に政府の名のもとに背負う、代表の看板とはどのようなものなのか、そんな好奇心から応募した。
 ただ単純にヨーロッパへ行ってみたい、個人の旅行ではあまり行かない国に行きたい、という気持ちからリトアニアに希望を出したが、派遣前の研修や実際の派遣を通して、一言では語りつくせない、リトアニアの魅力を肌で感じることが出来た。

 中世には隣国ポーランドと連合王国を形成していたこともあり、ヨーロッパの影響を強く受けているリトアニア。しかし、第二次世界大戦後から1991年独立を達成するまでは、ソ連の支配下にあった。
 そんなリトアニア人のアイデンティティに対する想いや、自らのルーツを大切にしようとする歴史認識の高さに、とても驚いたことを覚えている。

 例えば、ホームステイ中に訪れたカウナスにある第九要塞博物館は、ナチス・ドイツ占領時に強制収容所として使用された要塞で、当時の資料や収容所の様子などを展示している。
 現在高校生であるホストシスターが展示品1つ1つを詳細に英語で説明してくれた。彼女曰く、校外行事で数回訪れたことがあるとのことだが、それにしても、彼女の歴史の知識の多さに驚いたと同時に、その意識の高さから、私達日本人も学ぶべきことがあるのではないかと感じたことを覚えている。

 また、本事業を通して広がった人脈も国際青年育成交流事業の魅力の一つである。
 私達リトアニア団16人の団員の中でも、それぞれの背景や興味による多様さに驚き、派遣を通してお互い高め合うことが出来たと思う。
 また、団長や副団長、リトアニアで出会ったリトアニア派遣青年やホストファミリー…この事業だから出会えた人々の多さに驚くと同時に、感謝の心を忘れず、これからも繋がっていきたいと願う。

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(リトアニアの企業視察)

[ 2013/09/23 21:25 ] 事業参加報告 | TB(0) | CM(0)

ドミニカ共和国団(平成25年度参加青年報告)2 

このレポートは、平成25年度の埼玉IYEO主催の帰国報告会の際に配付された資料に添付されたものを転載したものです。

派遣期間――2013年9月6日~9月23日
派遣人数――16名(団長、副団長除く)

【エピソード】
 JICAの方のコーディネートにより、「バティ」と呼ばれる貧困集落への視察に行った。自分の中では貧困地域への訪問は初めての経験だった。ゆえに、とても刺激的だった。

 スペインの入植時代の名残があるということから、歴史的な影響力はとても強いということだ。
 Christopher Columbuが初めてイスパニョラ島に上陸したのが1492年。そこから、521年という長い歳月が過ぎている。
 長い歴史の中で大航海時代に始まるスペイン入植という大きな事変は、三角貿易の中で奴隷を持ち込み、そしてサトウキビという当時の経済において重要材をドミニカ共和国にもたらした。その生産の過程で、多くの人の流れが、国外から、そして国内では豊穣の地から荒れ地へと生み出された。

 その時に生じたドミニカ共和国の負の物語は今でもこうした貧困集落につめ痕のように残されていると訪れた際に実感したのを通し、多くの歴史的事象は、実は今でも色濃く感じる事ができると学んだ。

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(日系移民の祖先の方々のお墓参り)


[ 2013/09/23 21:23 ] 事業参加報告 | TB(0) | CM(0)

ドミニカ共和国団(平成25年度参加青年報告)1  

このレポートは、平成25年度の埼玉IYEO主催の帰国報告会の際に配付された資料に添付されたものを転載したものです。

派遣期間――2013年9月6日~9月23日
派遣人数――16名(団長、副団長除く)


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(JICAサントドミンゴ事務所への表敬訪問)

 この機会は漠然としたイメージを一番具体化するものと捉えていた。
 漠然としたイメージとは、国際舞台の場で日本人としての立場で参画し、国をつくる仕事に従事することである。そして、そのような事ができるようになるためには、私は、うちに秘めた高潔さ”integrity”と、人として気持ちのイイ心意気を有する事が必須だ。
 これらの要素を本プログラムを通して養えると思えたからこそ、志願に至った。

 具体的に言えば、日本国大使やドミニカ共和国大統領への表敬訪問、JICAの取り組みへの視察といったプログラムは、国際舞台で求められる水準の国際儀礼や国をつくる方々の会話の内容や話し方を学ぶ事ができ、そして意見交換を行える貴重な経験である。

 実際、本プログラムは大変優れていたと思える。ダイナミックに、そしてマクロ的に国をつくり、動かしている人たちへの表敬訪問ができるといった内容と、ドラスティックに、そしてマイクロ的に草の根活動として現地の細かい部分で国をつくり、動かしている人たちのもとへ視察するといった内容が非常にバランス良く構成されている。

 今回の参加にあたって、本プログラムだからこそ「できないこと」と「できること」があると認識している。
 色々な目的で「ドミニカ共和国へ行く」事はできるが、国家の代表として派遣していただけた事は、この事業に参加したからこそ得られるものが本当に多かったと改めて思う。
 それは、国を代表する人たちがどういった意志をもち、どのような雰囲気をお持ちの人なのかという事をFace-to-Faceのコミュニケーションを本事業が用意してくれたからこそできたことである。
 こうした本プログラムだからこそ、「できること」に関して言えば、最高の機会をいただけたと実感している。

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(メディーナ大統領表敬訪問)

[ 2013/09/23 21:18 ] 事業参加報告 | TB(0) | CM(0)

カンボジア団(平成25年度参加青年報告)2  

このレポートは、平成25年度の埼玉IYEO主催の帰国報告会の際に配付された資料に添付されたものを転載したものです。

派遣期間――2013年9月6日~9月23日
派遣人数――16名(団長、副団長除く)

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(カンボジア青年とディスカッション)

【エピソード】
 派遣事業のメインイベントでもあるカンボジア青年とのディスカッションを通したエピソードを紹介しよう。

 カンボジア青年とは王立プノンペン大学の学生、日本でいう東京大学だ。そんな超一流将来有望な彼らとすぐに打ち解け、その中の一人が小学校時代の休み時間は政治や国際関係などについて同級生と常にディスカッションをしていたよと教えてくれた。

 そんな彼らと熱いディスカッションを交わし、文化交流をした濃い3日間は生涯忘れることはない。彼らとはずっとこれからも繋がっていたい。もうこれっきりで連絡の取れない者もいるかもしれないが、たった一度きりの出会いから本気で夢を語り合い、兄弟のように遊んだことは貴重な経験だった。

[ 2013/09/23 21:17 ] 事業参加報告 | TB(0) | CM(0)

カンボジア団(平成25年度参加青年報告)1  

このレポートは、平成25年度の埼玉IYEO主催の帰国報告会の際に配付された資料に添付されたものを転載したものです。

派遣期間――2013年9月6日~9月23日
派遣人数――16名(団長、副団長除く)

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(シュムリアップ州知事方とカンボジア派遣団)

 本音で申し上げてよろしいだろうか。この事業は異常だ。

 7月の初め、日本各地からオリンピックセンターに招集された青年たちが、その日から5日間、あーでもないこーでもないと意見を出し合い、考え、語らい始めるのだ。
 まず、我々は、日本青年の代表であることを叩き込まれる。プロトコールの講習を受け、社会貢献について考える、大使館に訪問する。さりとて、代表の実感などなかった。この5日間の成果を強いて言うなら、団員とのビジョン共有であろう。
 それから派遣までの2か月間は“ブランク”ではなく“自主研修期間”と呼ばれ、カンボジアでの活動に備えて準備をした。

 現地での活動は、カンボジア青年との交流・ディスカッションと、政府機関やNGOの視察・表敬訪問の2つに大別できる。
 前者に関しては、団員それぞれの英語力に基づき楽しんで友好を広げたり、また一方で、苦悩し涙していた者もいたかもしれない。
 後者は、教育省の大臣表敬といった公式のものから、レストランの厨房見学というポロシャツOKのものまで様々だった。
 派遣期間と研修期間を足し合わせても、団員全員が顔をそろえているのは30日程度だろう。にもかかわらず、団員の間にはディープな関係性が構築されていたりする。もちろんそれも、事業を通して得た成果の一つだ。

 本音で申し上げよう。この事業には参加したほうがよい。

[ 2013/09/23 21:14 ] 事業参加報告 | TB(0) | CM(0)

韓国団帰国報告会 参加報告 

2013年9月18日(水)、オリセンにて、無事に帰国した韓国派遣団の帰国報告会が行われましたので、会長が参加してきました。

埼玉から2名の団員が参加しました。両人とも、充実した国際交流活動だったと感動していました。
この感動は、またこれからの帰国報告会でも聞けることでしょう。

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韓国団(平成25年度参加青年報告)2 

このレポートは、平成25年度の埼玉IYEO主催の帰国報告会の際に配付された資料に添付されたものを転載したものです。

派遣期間――2013年9月3日~9月17日
派遣人数――24名(団長、副団長、渉外除く)


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(日本団による韓国歌手のダンス披露)

【エピソード】
 今回の派遣の中で一番楽しみにしていたのが、韓国青年との交流だった。
 場所はソウルからバスで約3時間離れたヨンドク。周りに何もない自然の中にある建物で交流をした。
 その建物は政府が作った完成したばかりの施設で、宿泊するのは日本団が初めてということであった。

 そこでのエピソードだが、団長が40度近くの熱が出て、その後日本へ帰国することになってしまった。
 団長の見送りをした時、何人もの団員が泣いて別れを惜しんだことが記憶に残っている。

[ 2013/09/17 22:31 ] 事業参加報告 | TB(0) | CM(0)

韓国団(平成25年度参加青年報告)1  

このレポートは、平成25年度の埼玉IYEO主催の帰国報告会の際に配付された資料に添付されたものを転載したものです。

派遣期間――2013年9月3日~9月17日
派遣人数――24名(団長、副団長、渉外除く)


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(女性家族部青少年活動振興課にて 女性家族部職員の方と韓国派遣団)

 私は今まで何度も韓国行ったことがあるが、今回はこれまで以上の出会いがあった。
 全国から集まった素晴らしいメンバーや団長、副団長、渉外との出会いはもちろん、韓国での出会いも一生忘れることができない。

 派遣中、私が一番印象に残っているプログラムは、ヨンドクでの「日韓青年交流会」と高陽市での「ホームステイ」である。
 日韓青年交流会は、まず一言で言い表すと、韓国青年のおもてなしのすごさである。中でも「文化交流の夜」が心に残っている。
 両国青年が数か月練習してきたパフォーマンスを披露し合う場だ。私たちはよさこいソーラン、韓国人気歌手のダンスを披露、そして最後に日韓全員で歌を歌った。歌っている最中隣同士手をつなぎ日韓が一つの輪になった。

 私たち日本と韓国の間には様々な問題がある。しかし、私たちの間ではそのような問題は一切関係がなく、日韓が一つになっていたことが非常にうれしかった。
 今後は、今回の派遣で得られた経験を活かし、将来、韓国との歴史的なつながりを持つ「日高市」が日韓友好活動のモデルとなり、その活動を埼玉県全域に、そして日本全国に広げることで日韓両国の「真の友好」を図りたい。

[ 2013/09/17 22:28 ] 事業参加報告 | TB(0) | CM(0)

国際青年育成交流事業 壮行会参加報告 

2013年9月5日(木)、オリセンでH25年度の育成交流事業に派遣するメンバーの壮行会が開催されました。
埼玉IYEOからは、大島および冨田さんが出席し、埼玉県から派遣される5名のメンバーを激励してきました。

今年度の派遣国は、リトアニア、カンボジア、ドミニカの3カ国で、
埼玉県からは、リトアニア2名、カンボジア2名、ヨルダン1名の合計5名が選ばれました。

埼玉の若い力のさらなる飛躍を期待します!

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