しゃべり場★埼玉IYEO報告  

2012年2月28日(日)11:30―、オリセンのレストランときでしゃべり場★が行われました。
参加者は6人です。

1 活動報告
・1月8日 初詣ツアー(日高)
・1月14-15日 関東ブロック大会(群馬) 参加者3名
・2月4日 埼青連 研修会&交流会(浦和ワシントンホテル)
・2月5日 航空機帰国報告会(NYC)
・2/17-18日 東北ブロック交流会 参加者5名

2 今後の活動予定
・2月26日 東南アジア青年の船帰国報告会(NYC)
・3月11日 帰国報告会(コープ浦和)
・3月18日 第3回世界の料理教室(下落合コミュニティーセンター)

3 検討事項(略)

次回のしゃべり場は、平成24年3月18日(日)15:00~ 下落合コミュニティーセンターです。
よろしくお願いします!

IYEO北海道・東北ブロック交流会報告 2 

から続く)

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(左:出発前、三浦さんが自分の活動を紹介してくれました。右:港に行くまでの道)

 二日目は宮城県の中でも壊滅的な被害を受けた場所の一つである、石巻市を訪れ、現地で活動しているIYEOの会員に現地を案内していただきました。思い出したくないであろう震災直後の悲惨な状況を正確に、かつ被災者の方々の心情に考慮して僕達に伝えようとして下さいました。

テレビでも報道されていた、津波の被害が大きかった地域を案内していただきましたが、
TVで見る時とは違って現地の静けさ、同時にかつて人が住んで賑わっていた「気配」を感じたことで震災の被害を身をもって感じることができたこと、
「そんな大変な経験をしたのにどうしてここで仕事を続けているのか」といった、一見素朴な質問が被災者とその支援をしている方々には「突き刺さる」のだということ等の、
被災者の方々の感情を知ることができたことは、この交流会に参加してならではの収穫でした。

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(日和山公園より)

こうした収穫を少しでも多くの友人に伝えていくつもりです。特にお話いただいた中で印象に残っているのは、「今行っているのは復興ではなくて復旧です。日本語の使い方を間違っているのではないでしょうか。」という言葉です。
現地を実際に見て、私も同じ印象を持ちました。海岸部は更地になり海水に浸かり、内陸に数キロ入ったところでも橋が流されていて、普通の生活をできるようになるにはまだ程遠いというように感じられました。
例えば、現在、仮設住宅には単身の高齢者も多くいて、孤独死やアルコール依存症を防ぐため、きめ細かいケアが必要とされていますが、全ての被災者をカバーするには圧倒的に人員が足りないそうです。

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(大川小学校にて)

 今回の交流会は実際にボランティアに参加したわけでもなく、二日間という大変短い期間でしたが、被災地の様子とその復旧に働く人達の様子を目にし、お話しさせていただいたことで、ある確信を得ました。
震災からの復旧には、政府による大規模なインフラ復旧への予算や私企業による支援も有効ですが、何よりも大事なのは、三浦さんや宮城IYEOの活動のようにもっと小さい単位で行う、人間ひとりひとりへのきめ細かなケアであるということです。
今までどこか「臭い」と感じていた人と人との「心のつながり」や「助け合い」、「絆」の大切さを身をもって感じました。同時に、こうした支援をしていくことはとても苦しいことで、それを率先して引き受けていくリーダーが、実は最も必要とされているのです。
「発展途上国の貧困に苦しむ人たちを助ける」ことを将来の夢として声高に掲げていた私は今、船での活動を合わせて、“Think Global, Act Local”つまり、もう少し身近な所への貢献から始めようと感じています。

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(雄勝と塩釜港の仮設商店街でお買い物。)
[ 2012/02/19 23:35 ] イベント・行事報告 | TB(0) | CM(0)

IYEO北海道・東北ブロック交流会報告 1 

昨年の3月11日の東日本大震災以来、被災地のために自分が何ができるかを考えるたびに、無力感を感じていました。現地に直接ボランティアをしに行く人が沢山いる中で、私は現地の悲惨な状況を直視したくないがために、どうしても東北へ行く気にはなれませんでした。

そんな中、私は昨年の10月から12月まで東南アジア青年の船事業に参加しました。船のプログラムのひとつに各国文化紹介があり、外国人青年に少しでも震災のことを知ってもらおうと、東北の仮設住宅の人達へのインタビューや震災当日の映像を流したり、『涙をこえて』という歌を復興への思いを込めて歌ったりしました。ところが、私はメディアを通してしか震災を知らず、「自分が本当にこんなことをしていていいのだろうか」と自責の念を感じていたところで、船の事業の終了後本ブロック交流会のお知らせを耳にして参加しました。

参加者の中には本年度の内閣府国際交流事業参加者はおらず、私以外ほぼ30代以上のベテランの方達で、本当に来て良かったのかなとも思いましたが、大変実りある交流会となりました。

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(左:桂島で全員集合、右:港前の道は地盤沈下のため、盛り土してある)

 初日は宮城県塩釜市の桂島を視察しました。ここは震災前に約500人が住んでいましたが、震災後多くの方が島を離れ、現在住んでいるのは約200人に減ってしまったとのことでした。というのも、島の太平洋側は大津波が押し寄せ、多くの住居が流されたからです。実際に現場を視察して、津波の到達地点の高さと、金属製のポールをひしゃげさせる威力を目の当たりにし、改めて津波の恐ろしさを感じました。

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(左:あの日、住民が逃げた坂。右:ここはずっと住宅が続いていた。白い袋の中身は、瓦れき。)

ここでは、3年前桂島に移住して以来島おこしに励んでいらっしゃる三浦さんが案内をして下さいました。三浦さんは島のために何かしたいと思い、現地の人達との交流、観光促進、震災からの復旧を、人手不足の中でも着実に実行してきました。そんな三浦さんの行動力と、島での活動を情熱的に、時には持ち前のユーモアを交えて語る姿に尊敬の念を覚えました。

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(左:撮影スポット。桂島から撮られる写真が松島の写真として紹介されることも。右:打ち上げられた船がそのまま残っている。)

島を一周した後は仮設住宅で現地の方達がおいしい料理をふるまって下さり、とても温かい交流会でした。
に続く)
[ 2012/02/18 23:19 ] イベント・行事報告 | TB(0) | CM(0)

埼玉県青少年団体連絡協議会参加報告 

2012年2月4日、浦和ワシントンホテルで埼青連(埼玉県青少年団体連絡協議会)の研修会&交流会がありました。

写真だけ紹介です。
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続報があったら、載せますね。