東南アジア青年の船(平成22年度参加青年報告)5  

派遣期間――2010年11月3日―12月16日
参加国――ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム、日本
寄港地――横浜―ポートクラン(マレーシア)―ジャカルタ(インドネシア)―バンコク(タイ)―シンガポール―ホーチミン(ベトナム)―横浜(日本)


SSEAYPで学んだこと

東南アジア青年の船事業に参加させていただき多くを学んだ中で、特に3つの点でこれまでの価値観が大きく変わりました。

第一に、社会貢献活動に対する考え方です。これまでも国際交流プログラム等の一環で同様のディスカッションを行い、社会貢献のためのプランを立案する機会がありました。しかし、それらはディスカッションの題材という枠に留まり、実現することのないまま終わっていたため、今回も当初はあまり現実味のないまま議論に参加していました。しかし、自国や地域の問題を解決するため、できることを見つけて必ず行動に移していこうとする各国PYの熱い思いに触れ、自分も行動を起こさなければならないと強く自覚しました。同時に、歴史あるSSEAYPや関係組織の絆の強さ、37回PYの意欲の高さを目の当たりにし、共に行動を起こせる人たちの存在を心強く感じました。

第二に、ASEAN10カ国の多様性に富んだ文化を体験したことです。キャビンやホームステイにおいて共に生活をしたからこそ、それぞれの文化を尊重することができるようになったと考えます。例えば、当初最も衝撃を受け抵抗感をもっていたのが、お風呂やトイレの差異です。しかし実際に生活してみると、その国の事情にあった良い面があるのだと学ぶことができました。また、各国が豊かな文化をもちながらも共通点が多く、例えばマレー語同士やタイ語・ラオス語間でコミュニケーションがとれるなど、歴史的・距離的な近似性を実感しました。その一方で、日本の文化はやはり中国や韓国に親和性があると共に、日本国内においてASEANの文化や情報が乏しいことを再確認し、日本とASEANのつながりを更に強めていきたいと考えました。

第三に、プログラム中多くの方々にお世話になり、その度に思いやりに触れたことです。例えば、タイのホームステイでは英語があまり通じず、初日はとても不安になりました。しかしホストファミリーは、常に私たちを気にかけ、不便のないように、楽しめるようにと心を砕いてくれました。言葉を超えて気持ちを分かち合い、充実した2日間を過ごせたのも彼らのおかげです。このように船の内外において、多くの方々に言葉では言い尽くせないほど親切にしていただきました。たくさんの人に支えられて素晴らしい経験ができたこと、東南アジア青年の船に参加させていただいたことに、大変感謝しています。これらの気持ちに応えるためにも、プログラムで学んだことを糧とし、積極的に社会に貢献していきたいです。(すー)

[ 2010/12/16 23:33 ] 事業参加報告 | TB(0) | CM(0)

東南アジア青年の船(平成22年度参加青年報告)4  

派遣期間――2010年11月3日―12月16日
参加国――ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム、日本
寄港地――横浜―ポートクラン(マレーシア)―ジャカルタ(インドネシア)―バンコク(タイ)―シンガポール―ホーチミン(ベトナム)―横浜(日本)


SSEAYPを通して得たものは実行力

SSEAPYを通じて得たものは「実行力」。リーダーシップを取ることが得意な日本人や海外青年に囲まれて、何もしないまま2ヶ月過ごすのかと思うと物足りなかった。アクションを起こしている人達はとても魅力的で、自分が吸収したいものをたくさん持っていた。自分も近づきたいと思った。

まずは、自分が持っているもの・自分ができること・どう進めていくかを自分で考えて、次にJPYに相談をして、アドバイスをされ、企画をみんなに知らせ、参加者をつのり・・・一つ一つのステップをこなしていく経過がとても楽しかった。同時に緊張した。なぜ緊張したかと言えば、大人数の中に企画を提案すれば、賛成しない人も勿論いる。その人たちの顔を見るのが怖かった。だけどそれを恐れていたら何もできない。自分が作り上げたいモノを形にした後にその人たちの顔を見ようと決め、協力者と一緒に「Dream Collection」を実行し、“良かったよ”という声をいただけた。やり終えたあとに乗り気でなさそうな誰かの顔を見ようとしたけれど、PYの笑顔の写真を見ていたらそのことはいつの間にか忘れていた。そもそも誰が乗り気じゃなかったのか、知らなかった。

どんなに小さなことでも一つずつ実行していくことが大きな完成につながる。たとえ失敗作になりそうでも、結果として残すことで評価が受けられる。もしも「Dream Collection」を企画しなかったら、自分の心に後悔が残っただろう。“自分もFPYを巻き込んで何かがしたい”という気持ちを原動力にして、協力者に背中を押してもらい、素敵なシートを完成させることができた。SSEAYPが終わったあとも一つずつ確実に実行していく力を維持して、社会にアクションをしていきたい。(あっちゃん)

[ 2010/12/16 23:32 ] 事業参加報告 | TB(0) | CM(0)

東南アジア青年の船(平成22年度参加青年報告)3 

派遣期間――2010年11月3日―12月16日
参加国――ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム、日本
寄港地――横浜―ポートクラン(マレーシア)―ジャカルタ(インドネシア)―バンコク(タイ)―シンガポール―ホーチミン(ベトナム)―横浜(日本)


Good morning, Making!

“Good morning, Making!” ShaとDewiが私の名前を呼ぶ。Shaが鳴り続けるアラームを手に持ち、「Wake up!」とせかす。飛び起きる私。Shaがドライヤーで髪を乾かしながら”Where is my earring~?”と荷物をひっくり返す。Dewiはジンジャーティーを飲みながら”Here is, Sha”と差し出す。私が着替え終わると、みんなでスポーツデッキへ急ぐ。慌ただしい朝。そして、1日が終わり、Shaが帰ってくるなり”I’m starving.”とヌードルを開く。ほぼ毎晩開かれるヌードルパーティー。みんなの恋、Singaporeの観光、ふじ丸のお気に入りの場所、また文化や宗教、様々な話をしながら、笑ったり、考えたり。そして眠くなったら”Oyasuminasai”。こんな毎日が私のSSEAYPだった。私のキャビンメイトは、同い年で可愛いものが好きなフィリピンから来たSha、そして4つ上で喋るのが職業と言う旅人なシンガポールから来たDewi。二人は本当に私の家族だった。

もちろん最初は戸惑うことばかりだった。私たちの部屋はThe most messy cabin in Fujimaru、別名ハリケーンカトリーナルームと呼ばれていた。でもMessyじゃなくてHomeyなのだ!というのが私たちのもっぱらの言い訳であった。が、確かに汚い、否定はできない。週に1度は大掃除しないと、靴も見つからない。ほぼネイティブでおしゃべりな会話についていけず「?」が飛んだ。徐々に慣れると、おしゃべりは延々と真夜中まで続くこともあった。また、Dewiはイスラム教。真っ白の特別な衣装を身にまとい、目の前でお祈りしている姿を、私は生まれて初めて見た。Shaは内線を使って恋人の好きなオペラを歌っていた。「いつもこの曲を私が歌うと彼が踊るの!」フィリピン流のストレートでロマンティックな愛情表現にびっくりした。でも、やはり私にとってあのキャビンで過ごした時間こそがSSEAYPの一番の思い出。全部この部屋に詰まっているのだ。

53日間でASEAN青年300人と5カ国を回り、多くの出会い、驚きと発見、笑顔と涙があった。SSEAYPが終わり1番寂しかったのは、目が覚めた時“Good morning, Making!”と言ってくれる二人がいない事。でも、寂しがってばかりはいられない。SSEAYPで出会った大事な仲間たちが、私に教えてくれた大事なことを伝える使命がある。それは「会いたいなあ」を広げることだ。

シンガポールのニュースが流れる、私はDewiに会いたいなと思い浮かべる。授業でフィリピンの社会問題が扱われる、Shaに現状を聞き会いたくなる。今まで遠くに感じていたASEAN諸国は、私が「会いたいなあ」と思った友達の国だった。「会いたいなあ」と心から思う人々がいることで、世界はこんなにも近づく。世界を考えるとき、私たちは言語、宗教、文化と自分と異なるものに対して国境で区切ってしまう。しかし、「会いたいなあ」と思える人がそこにいれば、きっともっと近くに感じることが出来るはず。

国境を越え、こうして出会い、お互いの気持ちを共有することが出来るようになったこの時代に私たちは生きている。そんな今だからこそ、是非、もっともっと世界に「会いたいなあ」と心から思えるひとに出会ってもらいたい。そうすれば、きっと世界はぐっと近づいて、一緒に世界を考えていける。「会いたいなあ」という気持ちが世界を変えるかもしれない、とわくわくしながら、今日もShaとDewiの“Good morning, Making!”を思い出している。(まきんぐ)

[ 2010/12/16 23:32 ] 事業参加報告 | TB(0) | CM(0)

東南アジア青年の船(平成22年度参加青年報告)2  

派遣期間――2010年11月3日―12月16日
参加国――ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム、日本
寄港地――横浜―ポートクラン(マレーシア)―ジャカルタ(インドネシア)―バンコク(タイ)―シンガポール―ホーチミン(ベトナム)―横浜(日本)


東南アジア青年の船で学んだこと

私は、第37回東南アジア青年の船に参加し、「主体性」「コミュニケーション」「人柄的な魅力」の重要性を再認識した。

まず、「主体性」についてである。私は、船の中での自主活動として、「ジブリ映画祭」の提案をし、実行した。PYと一緒に企画、立案、広報活動、準備等を行う中で、参加者を集めることに苦労したが、周りのサポートのありがたさを知れた。映画館は満員にはならなかったが、参加者の感謝の言葉を聞いたときに、充実感を感じることができた。このことから、事業後においても、主体性を持って、物事を実行していこうと考えられるようになった。

次に、「コミュニケーション」である。私は、このプログラムにおいて、ASEAN各国の友人をつくるために積極的なコミュニケーションに取り組んだ。お世辞にも、自分の英語は流暢とは言えないが、PYの文化、言葉、宗教、考えていること等、積極的に聴くことは毎日心掛けていた。

様々な意見を聞く中で、このような多様な国籍、多様な民族の中で、様々な違いについて語れたことは今後自分の大きな財産になると感じた。現在では、テレビ・インターネット等で物事を一面的に理解することは簡単になってきている。しかし、物事の一面を理解するのではなく、実際に自分の五感に頼り、自分の目で見、耳で聞いた情報にはさまざまな情報を得ることにも、同様に重要だという基本的なことにも気づかせてくれた。そして、プログラムの最終日が迫ったある日、あるPYから、自国の文化について真面目に問いかけてくれるので、深い話ができてよかったと言われた際には、非常に嬉しく思えた。

最後に「人柄的な魅力」についてである。今回のプログラムでは、様々な魅力的な人物と接することができた。そのような人たちに憧れを抱くとともに、自分の魅力にも考える機会を与えてもらえた。あのような人になりたいという目標に近づくためには、自分がどのような位置にいて、どのような努力をしなければならないのか。他人についても、自分についても考える機会を与えられたプログラムであった。この経験を今後自分だけにとどめるのではなく、地域社会や後輩など次の世代に伝えていけたらと考えている。(ぽん)

[ 2010/12/16 23:31 ] 事業参加報告 | TB(0) | CM(0)

東南アジア青年の船(平成22年度参加青年報告)1  

派遣期間――2010年11月3日―12月16日
参加国――ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム、日本
寄港地――横浜―ポートクラン(マレーシア)―ジャカルタ(インドネシア)―バンコク(タイ)―シンガポール―ホーチミン(ベトナム)―横浜(日本)


外に出て改めて実感したこと

私がこの事業に参加しようと思ったのは、10カ国の人とディスカッションが出来ること、そしてホームステイ経験が出来るからでした。出発前は、ASEANの人はとにかく勤勉で発言力があると思っていたので、食育や食糧問題についてはちゃんと語れるようにしようと思い、リサーチに追われる日々でした。しかし、実際プログラムが始まって思ったのは、準備よりも関わりから学ぶことのほうが断然多いというとこでした。みんなでお菓子を持ち寄り、リラックスして雰囲気で語っている間に、他国の朝食について、食育について、特産物についてなど、自然に学んでいて、且つ楽しめました。

また、日本に帰ってきて、私達がどれだけ限られた情報の中で生活をしているかに気づかされました。SSEAYPの経験談の1つとして、ムスリムの家庭にホームステイをしたことを知りあいに話した時、大丈夫だった?などと心配されました。テレビや新聞から入ってくるほんの一部の情報で、その国の人や宗教のイメージが固定されてしまっていることにショックを受けました。実際、SSEAYPを通して合った人たちは、文化も言葉の宗教もまったく違かったけれど、お互い嬉しいと思う気持ちは同じだし、ずっと繋がっていたいと願う気持ちも同じでした。異文化交流は大切とは、前々から思っていたことですが、この事業を通して、家族のような仲間が出来たことにより、それを改めて実感しました。

53日間+みんなで準備に費やした時間を通して、人と関わることが本当に大切だと思いました。自分と似たような性格の人とコミュニケーションをとることでリラックス出来、良い時間が過ごせたのですが、逆に個性的な人と関わることも、自分が気付けなかった点を多く学べ、刺激的でした。ASEAN各国に強い絆で結ばれた仲間がいること、そして世代や職業もバラバラな日本人同士が集まって一緒にプログラムを成功させたことは人生で一番の経験となりました。(あーや)

[ 2010/12/16 23:29 ] 事業参加報告 | TB(0) | CM(0)